日常のこと

休憩の話じゃなくて

| 2026.02.16 更新

タバコ休憩は不公平だ、
って話を見かけた。

外に出て一息つく人と、
そのまま席にいる人。

同じ場所にいるのに、
少しだけ時間の流れ方が違って見える。

外の空気を吸って戻ってくる人と、
画面の前で時間を進め続ける人。

それを見て、

なんとなく
心がざわつく日もある。

小さなことのはずなのに、
妙に気になってしまう日。

でも、

そのざわつきは、
休憩の形の違いというより、

ただ、

少し疲れているだけの日
なのかもしれない。

余裕がある日は、
気にも留めないのに、

余裕がない日は、
やけに引っかかる。

誰かが席を立つことや、
少し外に出ることが、

“差”のように見えてしまう。

それはきっと、

制度の問題というより、
心のスペースの問題。

タバコでも、
コーヒーでも、
深呼吸でも、

窓の外をぼんやり眺める時間でも、

それぞれが、
それぞれのやり方で、

少しだけ
自分を戻そうとしている。

本当はきっと、

休んでいるかどうかより、

戻れているかどうか
の方が大事なのかもしれない。

ただ、

お互いが
それぞれの正しさを持ったまま、

言いたいことを
言い続けていたら、

きっとどこかで、
少しずつ疲れてしまう。

正しさは、
ときどき鋭くて、

守ろうとするほど、
距離ができてしまうから。

だから、

どちらが正しいかじゃなくて、

どこかで、
少しだけ許し合えるような

そんな余白が
残っていたらいいなと思う。

同じじゃなくても、

違ったままでも、

少しやわらいだ空気の中で、
またそれぞれの場所に戻っていけたら、

それだけで、
今日という日は十分に進んでいく気がする。