落としたスマホが戻ってきた日
| 2026.03.06 更新今日、スマホを落とした。
気づいたのは、家に帰ってからだった。
ポケットに手を入れた瞬間、あるはずの重さがない。
あれ。
もう一度、ポケットを探る。
バッグも開ける。
机の上を見る。
でも、ない。
さっきまで確かにあったはずなのに、どこにも見当たらない。
頭の中で、今日の行動を巻き戻していく。
駅。
電車。
コンビニ。
改札。
もしかして、どこかで落としたのかもしれない。
胸の奥が、少しだけざわつく。
スマホがないと困る、という気持ちと、それ以上に、なんだか心細い感じ。
しばらく考えてから、近くの交番に行ってみることにした。
もしかしたら。
ほんの少しだけ、そんな期待を持ちながら。
交番の扉を開けて、「スマホを落としてしまったかもしれなくて」と伝える。
おまわりさんは落ち着いた声で
「特徴わかりますか?」と聞いてくれた。
色。
ケース。
画面のヒビ。
思い出しながら話していると、
おまわりさんが奥の棚を確認しにいく。
ほんの数秒だったと思う。
でも、その時間が
やけに長く感じた。
そして戻ってきたおまわりさんが、
ひとつのスマホを持っていた。
「これですか?」
見た瞬間、すぐにわかった。
間違いない。
さっきまで探していた、自分のスマホだった。
思わず「それです」と言うと、おまわりさんが少し笑った。
「届けてくれた人がいましたよ」
誰なのかはわからない。
名前も、顔も、きっともう会うこともない人。
でもその人は、落ちていたスマホを拾って、わざわざ交番まで届けてくれた。
その小さな行動のおかげで、今こうしてスマホが手元に戻ってきている。
帰り道、ポケットの中のスマホを何度か触って確かめた。
ちゃんと、そこにある。
ほんの少し前まで
なくしてしまったかもしれないもの。
それが、また戻ってきた。
今日一日の中で起きた、ただそれだけの出来事。
でもその奥には、名前も知らない誰かの優しさがある。
ニュースを見ていると、世界は冷たい出来事ばかりに見える日もある。
でもきっと、
こういう小さな優しさも、
同じくらいこの世界にある。
たまたま今日は、それに触れることができた日だった。
ポケットの中のスマホをもう一度触りながら、ふと思う。
世界は、思っているより少しだけやさしいのかもしれない。
そして今日は、
その優しさに助けてもらった日だった。





